そこは小さな、妖狐の里。
文明から隠れ住む事で、血統を能力を伝えてきた里。
世界結界の源である“常識”と離れる事で、狂気から身を護ってきた里。
全ての歴史の流れから、隠れる様に在った。
それ故の、小さく大きな歪み。
始まりは突然に、一人の旅人が里の近くで行き倒れた事から…。
それは陳腐な、良くある話。
偶然通りかかった一人の娘が恋に落ち、助け匿った。
旅人もまた人ではないと知りながら娘を愛した。
娘と呼ぶ事は正しくないかもしれない。
彼女には既に、村の決めた夫との間に可愛い娘が一人居たのだから。
歪みは徐々に進行し、想いは募り溢れ弾けて戸惑う。
蜜月は唐突に終わりを告げる。
娘の父の死、夫の里長就任。
思うように動けない日々の続く中、娘は子供を身篭もり。
旅人は姿を消した。
別れの悲しみの中、新たな命に里は喜び。
そして、秋の気配が近付く頃…
一人の少女は、生を受けた。
母親と姉と同じ漆黒の髪と
旅人に似た透き通る肌と血の色の瞳。
父である里長とはかけ離れた姿。
娘の本当の父親は、明白だった。
生まれた少女を一目見て、娘は駆け出した。
里も夫も幼い娘も産まれたばかりの娘すら捨てて、
ただ一人愛した人の元へと走った。
PR